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よし原日本堤/歌川広重「名所江戸百景」より
台東区千束四丁目に昔の吉原はあった。ここへ行くのには日本堤という山谷
堀・吉原・三の輪まで間が八丁つづいていた土手を通る。俗にこれを土手八丁とい う。吉原ができたころは周囲は田んぼで、絵に見るようにこの土手がその中を直線に
一本作られた。現在は舗装された道になっているが、今でも右側の町並の横丁は坂に なっていて、下りきって見上げると舗装道は一段高くなっていて、土手のあったこと
がよくわかる。 この図の中央、木立の向うに屋根の見えるのが吉原で、土手を右の方300メー トルほど行くと角に柳が一本あり、見返り柳といった。そこを左に折れると衣紋坂、
その先に大門という入口があった。それを入ると吉原で、中央が仲の町、左右に江戸 町・揚屋町・角町・京町・伏見町という五つの妓楼町があって、一日に現金が干両動
くという繁華さである。

新吉原大門の左右に記された文字 「春夢正濃街桜雪」
「秋信先通両行燈 影」 明治14年(1881年)4月に建てられた鋳鉄製の堅牢な門 * 門柱には福地桜痴 (ふくちおうち)の骨太の書
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